世界遺産アンコール・ワットで有名なカンボジアですが、安心して旅行に行けるようになったのはつい最近のことです。1970年からの20年に及ぶ内戦、クメール・ルージュの支配、1997年の政変など、治安が不安定であったカンボジアですが、現在は平和を取り戻し、年間約60万人の観光客が訪れています。 1995年には5500人にすぎなかった観光客が、10年で飛躍的に増加し、昨年は100万人を超えました。けれどもこうした観光客の激増が、ホテルの建設ラッシュ(その数は、この10年で4倍以上に増加)、バイパス道路などの基盤整備による環境破壊、ゴミ問題、観光バスやタクシーによる大気汚染、河川の汚染など、遺跡周辺の環境を急激に悪化させています。しかし、取り立てた産業もないカンボジアにとって、観光収入は貴重な外貨獲得源であり、開発と環境保護の両立が迫られているのですが、後者にはなかなか手がまわらないのが現状といえます。
そんな中、遺跡を管理する政府機関アンコール地域遺跡整備機構(アプサラ機構=APSARA Authority:カンボジアの天女アプサラスに因んで名付けられた)は環境局を新設し、2003年5月にはISO14001の取得に向けた環境マネジメントシステム(EMS)の構築を開始しました。日本からは、上智大学アジア人材養成センター、日本品質保証機構、国際規格研究所、品質保証総合研究所が研究員を派遣し、2006年の認証取得を目指して、環境リーダー教育を支援しています。この「アンコール・環境マネジメントシステム(ISO14001) 導入プログラム」では、遺跡周辺地区の小学生や住民に、EMSに基づいた環境教育を行ない、将来、彼らが自分たちの手で、自国の歴史的文化遺産を持続的に守っていくことができるようになることを最終目的としています。
アンコール遺跡は、当時の人々の自然への畏敬と精霊崇拝がもととなって生まれました。私たちが遺跡を訪れ、感動を受けるのは、その人々の思いによって創られた空間がもつ神聖性を感じるからなのではないでしょうか。ならば、そこを訪れる私たちもまた、自然への敬意、文化に対する敬意、そこに住む人々への敬意を持つべきではないかと思います。オーストラリアの北ニュー・サウス・ウェールズ州エコツーリズム協会は、「文化の繊細さへの敬意/水・エネルギーなど天然資源の効率的な利用/廃棄物の環境への最小負担を心がける/自然保護の原則を持っているホテルや乗り物を支持する。…」など、20ヵ条からなるエコツーリズムの具体的な行動綱領を策定しています。単に自然を満喫するだけではなく、環境と持続可能性(Environmentally Sustainable Tourism)や社会的責任(Responsible Tourism)を追及する流れが、ツーリズムの世界にも起こっています。現地の人々への環境教育と、観光事業者や旅行者など外からやってくる人々の環境への配慮の双方があって、カンボジアの環境も遺産も守ることができるのではないかと思います。