投資環境と金融市場の見通し(117)

Ⅰ.要約

2020年以降3年半の変遷の大勢観 

  1. 2020年2月からの新型コロナウイルスの感染拡大で、供給制約による「供給インフレ」となり、行動制約から「需要が鈍化」した。
  2. 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を契機に、エネルギー供給不足から「供給インフレ」が加速した。川上発のコストプッシュ・インフレから、世界の中央銀行は「金融緩和・低金利政策」から「金融引き締めスタンス」に転じた。
  3. 1年間の市場金利上昇(=債券価格の下落)が、2023年3月の金融機関の連鎖的破綻に繋がり、「金融機関・金融システム不安」を惹起した。
  4. 一方で新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いてきたことで、「リベンジ需要」から景気はリバウンドし、エネルギー価格のピークアウトにより物価上昇モーメンタムは鈍化している。
  5. 今年後半の要点としては、
    • 「リベンジ需要」の一巡
    • 「金利上昇」の影響が「景気減速」にどの程度つながるのか
    • 「金融不安」は依然として燻っており、どの程度拡散するのかが不透明要因
  6. 「景気鈍化」と「金融不安」は先行きの「金利低下」要因。市場は今年後半の「金利低下」を徐々に期待・織り込み始める。
  7. インフレ亢進と人手不足から、企業は貯め込んできた内部留保資金をようやく「人への投資」と「設備投資」に振り向け始めた。
  8. 新型コロナウイルス感染拡大とウクライナ侵略戦争の勃発は、政権運営において民意に諮ることなく、国会での審議を十分に尽くすことなく、官邸・内閣主導による政策立案・遂行を容易にした。予算の決定・配分のみならず、戦後遵守し続けてきた憲法解釈(「敵を攻撃する戦力は保持しない」)まで簡単に拙速・無原則に変更した。

景気・インフレ・金融政策

  1. 物価上昇はピークアウトしモーメンタムは減速だが、前年比水準は中央銀行の目標を上回って高止まりしている。過去1年間に亘る政策金利の引き上げが、どの程度インフレ抑制となるのか、景気の下押し圧力となるのか、さらに金融不安へのダメージとなるのか、見極めの局面にある。
  2. 足元の米国景気は、需要・雇用とも減速気味ながら強さが続いている。一方で、今年後半には「景気後退」局面を迎える、との観測・期待は、特に債券投資家に根強く、政策金利の引き下げ期待につながっている(中央銀行は否定)。銀行からの預金流出は一旦小康状態だが、安全資産に滞留しており資金回帰は見られない。「信用不安」への警戒感は燻っている。
  3. 「債務上限引き上げ」問題は政権(民主党)と議会(共和党)が、「瀬戸際戦術」「チキンレース」の様相を取り続けてきたが、最終段階で過去と同様にお互いの譲歩による合意となった。両党の強硬派が今週中に妥協し採決するのかは不透明。
  4. FRBは、景気(年後半の鈍化観測)、物価上昇(高止まり状態)、金融システム不安、という連立3次元方程式の解を慎重に判断しながら金融政策を実行する困難な局面にある。政策金利(FF金利)が当面の目標水準に到達したので、一旦はこれまでの引き上げ効果を見極める段階だが、6月13・14日の次回のFOMCでは、引き上げ継続と考えるタカ派との見解の相違から紛糾する公算が大。
  5. 6月15日のECB理事会では+0.25%の利上げ(8回目)継続見込み。
  6. 植田日銀総裁は「金融緩和を当面継続」と表明し続けており、早急な政策変更の可能性は一旦遠のいている。
  7. 新型コロナウイルス禍が収束して、サービス業、外食産業を中心に人手不足から「賃上げによる人手確保」に拍車がかかってきた。高齢者と女性の雇用市場への参入が一段落し、少子化による労働供給の減少と、転職市場での需要・供給の機会拡大が、初任給、年俸、ベア、ボーナスを引き上げる動きにつながっている。来年以降も継続する基調転換となった。

債券・為替・株式市場

  1. 米国での「政策金利の引き上げ休止・利下げ転換」という見通しが後退したことから、市場金利は当面強含み。米ドルも金利差拡大を背景に堅調となる。
  2. ユーロ圏は物価の騰勢が衰えず、ECBの「インフレ抑制」スタンスは不変。理事会は政策金利引き上げをペースダウンせず。米・欧の金利差拡大によるユーロ買いの展開が続く。
  3. 日銀の政策変更に期待した海外投資家からの“債券売り攻勢”は鎮静化した。今後は、植田新体制で始まったアベノミクス政策の検証や、新たな政策発動の見通しを見極める局面となっているが、市場参加者は早ければ7月から年後半での政策修正を予想している。
  4. 日本の貿易赤字はピークアウト、インバウンド需要の回復、外国人投資家による日本株買いの継続から、年後半には、「円高(反転)」リスクが高まる。
  5. 米国NY株式は割高感が強く、中国(香港)株式は景気鈍化、金融不安リスク、米中ハイテク摩擦の影響から軟調な展開に転じた。
  6. 東京株式市場には、4月になってから外国人投資家が年初から3月まで売り越していた分の買戻しもあるが、「連続的な大口の現物株式買い」が続いている。買われた背景としては、「地政学リスク」を背景としたグローバル運用での資金シフトという投資資金要因だが、いくつかのサプライズ的ポジティブ要因(ウォーレン・バフェット会長の日本株評価、1~3月期の企業業績など)も重なっている。
  7. 短期的には過熱感・割高感がある。今回の株高が『日本企業・株式市場の復権』という大勢観ならば、地殻変動を評価する反騰・上昇相場につながる可能性がある。
  8. 2024年から始まる「新NISA制度」では、若年層個人投資家による長期・安定した投資資金の流入が期待される。株式需給にとっては息の長い強気材料となる。

田淵英一郎

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