近年、企業に非財務情報の公開を求める動きが世界的に活発化しています。過去のレポートでは、「気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に基づく気候変動リスクの情報開示、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」の発効などについて紹介してきました。2022年から、政府も「非財務情報可視化研究会」を開始し、「費用としての人件費から、資産としての人的投資」への変革をはじめ、無形資産投資の充実を通じた企業の持続的価値創造を促すため、企業と投資家の意思疎通手段の強化や、非財務的な情報の見える化をどのように図るべきかなどについて議論しています。その背景には、日本企業の人材への支出(OFF-JTの人材養成費)が対GDP比で0.1%に留まり、アメリカ(2.08%)やフランス(1.78%)など先進国に比べて低い水準にあり、近年はさらに低下傾向にある*という問題意識があります。
これらの非財務(=ESG)への取り組みが、企業にとって単なるコストではなく企業価値の向上につながることは、これまでも述べてきました。では、実際にどれだけの効果があったのか――。それを可視化する動きが、企業の間で始まっています。ESGへの取り組みが、実際に会社のROE(株主資本利益)やPBR(株価純資産倍率)にどう寄与したのかを数値化・把握するのです。
ある電子機器会社は、人的資本関連データの財務指標に対する重要性と貢献度を定量化し、どの非財務指標が財務指標に対してどの程度ポジティブまたはネガティブな影響を与え得るか、それぞれに相関性を可視化しました。その結果、女性管理職比率と社員エンゲージメント調査の主要項目のバランスよい改善が最もROIC(投下資本利益率)に対してポジティブであり、海外の重要ポジションの現地化比率もROICに正の相関がみられたそうです。また、ある通信会社は、215項目の非財務データとPBRとの相関関係を分析し、「女性社員の割合を1割増やすと13年後のPBRが3.4%向上する」「企業フィロソフィーなどの勉強会の回数を1割増やすと、1年後のPBRが0.2%向上する」といった結果が得られたとしています。
金融庁は、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、人的資本について「人材育成方針」、「社内環境整備方針」を、多様性について「男女間賃金格差」、「女性管理職比率」、「男性育児休業取得率」を記載項目に追加しました。そして、従業員数が1000人を超える企業に義務付けられた男性の育休取得率の公表は、2025年4月からは300人超の企業にまで拡大されます。大企業を中心に進められてきた非財務情報の開示は、中小企業にまで求められるようになってきているのです。しかし、非財務情報がいかに企業の利益や成長に結びついたのかを可視化することは、その企業の取り組み意欲が向上するばかりでなく、投資家の投資意欲も高まると言えます。ESGは、確実に重要な投資指標になっているのです。
* 内閣官房「非財務情報可視化研究会(第1回)」配布資料より
株式会社グッドバンカー
リサーチチーム