Ⅰ.現状認識・見通し
要約
- 「インフレ」「景気」「欧米金融政策」見通しの強弱感から、米国金利、ドル、ユーロ、NY株式の乱高下が続いている。
- 8月に入ってからも「インフレのピークアウト」「米国金利の利上げ幅縮小」への期待が高まり、リスクオフで売られていた債券、株式は買戻された。「2022年での景気のソフトランディング成功」「2023年でのFRBの利下げ転換」見通しまで出てきたのは楽観的過ぎた。
- 基本的には“ベアマーケット・ラリー”(弱気相場での反騰)と判断される。依然として“カネ余り状態”(潤沢な投資資金)と押し目買い心理が残っている。
- 26日の「パウエル議長発言」は、これらの期待に冷や水を掛けた。「インフレ鎮静化への確証を得るまで金融緩和はあり得ない」というメッセージである
マクロ経済、金融政策
- 世界景気の減速・後退懸念が一層強まる。今年の経済成長見通しは下方修正。エネルギーの調達不安と価格上昇の影響を受ける欧州(特にドイツ)と、不動産バブル崩壊が明らかになってきた中国の、今年後半の景気動向に要注意。
- 米国景気の足元は堅調。雇用情勢に減速感なく、賃金上昇が加速している。FRBは政策金利引き上げを緩める気は全くない。
- 資源価格上昇は一旦ピークアウト。物価上昇の変化率(モーメンタム)は減速しているが、インフレは高水準で推移している。価格転嫁の遅れ、新型コロナ感染拡大の一段落による需要回復が剥げることで、コストプッシュ圧力がまだ時間をかけて継続する。
- FRB、ECB、英国などの先進国の中央銀行は、今年後半も政策金利の引き上げを継続。日本だけが“利上げラッシュ”から取り残される構図は変わらず。
債券、為替市場
- 「景気減速」観測から低下に転じた米国長期金利は、雇用情勢の強調を背景に反騰に転じる。パウエル議長の講演もダメ押しに。
- ユーロ安が一段と進行。欧州のエネルギー調達懸念、景気後退リスクの高まりから、ドルに対してパリティ(1:1)を割り込んだ。ECBのインフレ抑制優先政策は変わらず、政策金利引き上げを進めるので景気には更なるダメージ。
- “ドル高・円安・ユーロ安”の基調は変わらず。
危機・リスク要因
- 8月上旬のペロシ米下院議長の台湾訪問が、中国による台湾周辺での示威的軍事行動を引き起こし、今後の地政学リスクを高める引き金となった。
- 新型コロナウイルス第7波の新規感染者数は高止まりしており、病床逼迫と死亡者数の激増しているなかでの「ウィズコロナ」への緩和検討が進む。
- 安倍元首相銃撃殺害事件により、自民党(議員)と旧統一教会との関係が炙り出されたなかで、安倍元首相の国葬が決定され、内閣改造が前倒し実行された。コロナ対策、物価対策、国葬問題、旧統一教会問題への対応に批判が高まる。
- 次世代型原発の開発・建設が、議論もなく唐突に内閣から公表された。
株式市場
- 世界の株式市場は、インフレのピークアウト期待から金利の低下に合わせてリスクオンから上昇した。資金余剰による売りポジションの買戻しと押し目買いセンチメントが復活して、直近までの反騰相場を示現した。
- その前提だった、物価見通しへの楽観論と、FRBが2023年には利下げに転じるとの先走り期待は、「パウエル議長発言」で崩れ去った。
- 4~6月期の企業業績は意外に堅調で、収益予想は上方修正。7~9月からは、コスト上昇(原材料費・物流費・人件費・金利など)により業績モーメンタムの鈍化が予想される。
- 日本株は相対的に割安・出遅れ状態にあるが、海外景気(欧州、中国)の動向、9月での先進国中央銀行の相次ぐ利上げ、岸田政権の信認度低下などから、下値模索の値動きが続くと予想される。
田淵英一郎